2024年5月16日木曜日

最大瞬間風速

お昼頃、セーラーMさんからメールで、泊地は風が強い、愚艇のウインデックス(風見)の反射板はなんとか持ち堪えていると知らせてくれた。
これ以上変化のないことを願うと返信。
そう連絡した後、灘と海峡付近は最大瞬間風速27.6m/secとの気象台発表があった。早速、それを伝えると、泊地から引きあげている途中と、、。

日本海側の風は台風の如き渦を巻いているようで、先ほどの気象ニュースでもそのことが伝えられていた。
低気圧が日本海を東に進んでいる。明日は快晴らしい、、。

2024年5月15日水曜日

午後の海峡

所用で午後の海峡を1時間ほどみていた。
中型LNG船のデザインをみて、昔と変わったなとおもう。
ヨットの姿はなかった、どんよりとした天空、、そういえば飛行機を見なかったな。
朝から午後の一部を除いて資料編集をやっていた。
データ類のファインリングがよろしくないのでイライラする。一度棚卸しをせねばならないと思いつつも、なかなか進まない。
アナログ時代、社内でファイリングシステムのモデルとなり、見学者が来るほどだったが、見る影もない。
午後の海峡、本船の往来もそう多くなかった、時間帯かな、、。

2024年5月14日火曜日

漂うYacht

混んでる車窓から、湾に漂うヨット1パイを見つける。
朝三番の時間帯、フルセイルで楽しんでるセーラーがいらっしゃる。
この海域で活動するMさんの艇に乗った時、車窓から見る景色と、逆に海から陸(おか)を見る風景は5分と5分だなーと思った。
要は海からも陸からも美しい景色がそこに、源平の歴史ある山あり、その麓に洋館の家あり、更に海岸沿いに、これまた家ある。

漂うヨットをみてふとおもう和歌、淡路島 かよふ千鳥の 泣く声に 幾度寝覚めぬ 須磨の関守 詠み人 源  兼昌。
この沿岸を詠った和歌はほかに何首かあり、平安末期から鎌倉初期に活躍の定家によって百人一首として綴られる。ちびギャン達はぼうずめくりを楽しむ、、。

朝から漂って遊ぶか、羨ましいかぎり、、。





2024年5月13日月曜日

ヨットと風

ヨットと風は切っても切れないが、この風はヨット乗りを悩ませる。
レース派とブルーウォーター派とはどの風を好むか、嫌がるか、、。
一般的には、微風、中風、強風とか云ったり、これ以外にも暴風とかもある。
港を出た時は微風が時間と共に強風になったりするから厄介だ。
最近なら四国沖、その前では山口日本海側、新潟佐渡沖、北海道松前沖、渥美半島、波切沖などなど、ここら辺で結構苦しめられた。
だいたいこんな場面では笑うか泣くか、、。
でもまぁデーセーリングの延長線上、太平洋の真ん中とでかではないからいい。
写真は向こうの艇から愚艇をみても同じように波と風に翻弄されている姿、景色、ミラータッチ。この時も出港時は微風だったんだけどここまでなるとは、、。
友人のTさんは、こんなことやっちゃ駄目と強く申される、いゃ仰せの通りとお応えする。
ヨットと風、そこに波まで加わるのだから、非日常極まりない。



2024年5月12日日曜日

強風で寝不足

昨夜から朝方にかけて台風のような風が吹き荒れた、いつもは、のたりのたりの寝床が、、。
昔は台風の日に何度か艇に泊まり込んだことがある。この時は、防潮堤のドアが外からロックされるので完全隔離の状態になる。
昨夜のそれは、当時を思い起こすと云っても過言ではないほど。
6時過ぎには一旦風は和らぐも真は強い風、肌感でわかる。強風で寝不足もいいとこや、、。

この風で国際交流行事に艇を出すことを諦める。
よって昼食は行事のところに出向き、インドの人が作られたカレーと、インドネシアの人が作られたシュウマイのようなものの二つを頂く。
インド人家族は以前に愚生のヨットに乗られたので挨拶をする。小学生の子には英語で、おかあさんには日本語で、、美味いカレーのお礼も。

舞台ではインドネシアの民族衣装での舞を鑑賞、指先の表現が独特である。
主催者の女性達は朝から準備に奮闘された。






2024年5月11日土曜日

艇泊rev-1

キャビンの片付けが夕方終える、帰るより艇泊を選ぶ。片付けは6割方、、。
風が強いのでいろいろな音がする。まさに非日常である。
台風なみの南風、ヒューヒュー鳴っている。



2024年5月10日金曜日

第33回オリンピックrev-1

パリオリンピックのセーリング競技に出場する選手の壮行会が日本セーリング連盟主催で6月下旬に開催される。その案内メールがある。
競技海域はフランス・マルセイユ、7月28日からスタート、このセーリング競技には代表選手は7名が4種目に参加。確か男女混合の新たな種目が加わったのではないかな、、。

先日、金刀比羅宮に参拝する朝、THYで見かけた少年、小学生に声をかけたら、今からOPのレースに参加するとのこと、頑張れってエールをおくる。
未来のオリンピック選手、、。

ハーバーのシャワールームでセーリング競技の訓練を終えた小中高生セーラー達とでくわすことがある、そこでの雑談も楽しみ。またこの県のセーリング連盟会長はNOYCのフリートキャプテンでもあり会議でご一緒することがある、理想的なフリート運営をなさるセーラー。

2024年5月9日木曜日

3点セット

スタンレーのウヰスキーポット、ショットカップ(ステンレスなのでグラスと言えない)、チェイサー水筒、これ3点セット、前も紹介したがこの時のポットにはボウモア。
ルナのキャビンでの乾杯の時の写真で、山彦Mさんからはこちらもボウモアを一杯やるよとのコメントがある。
好きなウヰスキーに、ラガブーリンがあるもこれは高騰した、今となればラフロイグもお手頃でいい、、ともにアイラのスモーキー・スコッチ。

3点セットは本来は下戸の愚生の持つ物ではないけど、スモーキースコッチ好き用に持ち運ぶ道具としている。まぁ小道具集め、野暮な趣味の一環かな。
山彦Mさん、この道具で一杯やりましょうか、、そのうち。


スタンレー3点セット

ラガブーリン16年


2024年5月8日水曜日

風をみてよむrev-1

ヨットは風で動く、、その為には風見を通して、風をみてよむ。
写真上はマストから下ろした風速と風向を読みとるセンサーで、コクピットにあるモニターにBluetoothでデジタル信号を送るもの。必要電源は小型ソーラーから得る、それを内部の小型電池に蓄電、夜間でも利用できるようになっている。
またアナログ的な風見はウインデックスといい前の項で紹介した。

これらは、風を見るもので、これをベースに風をよむことになる。特にレースの勝敗はそこで決まる、肌感で即座に風をよみとるセーラーが最後の勝利を導くことになる。それを理論が証明する。
写真下は、真の風(TWA)と見かけの風(AWA)、ボートスピードBs、のベクトと、TWS(真風速)でポーラダイアグラムが現れる、そこで速度成分VMGを導くのである。
所謂、これが風をよむ、かな。知らんけど。

ヨットは風をみることから始まり、風をよむことに繋いでいく。
愚生はレーサーではない。けど、好きな?走る理論と実際がここにある。
またレースジャッジとレースマネージメントの資格をとった理由は、何が本当なのかを知るためだったが、その延長線上にレーサー達が各艇でどんなタクティクスで勝負しているかをジュリーボートで見る楽しみをちょびっとだけ知ることができた。

写真中はトイレトペーパーを手で割いてサイドステイに貼り付けたもので、ここは見かけの風をみるため、、少々の雨にも耐えていたのが新発見。ダブルのトイレットペーパーがいい。

そう云えば、風見で使った残りのペーパーは、島の浜できじウチに使った。
きじウチ、山ガールはそれを花摘みと、、





2024年5月7日火曜日

海面の影を、、rev-1

ラストleg、ホームポートの防波堤が近づくと、あぁ帰ってきたなと。
スターボードサイドの海面に影を見つける、緑と青のコントラスト、これなかなかいいではないかと音楽を聴きながらシャッターを切る。
午後からの風は南寄りとなり、それを後方より受けるるので、艇速と風速が相殺され暑さを感じる。でも松林の公園横の運河は爽やかでもある、薫風に潮の香も加わる、初夏を感じるには些か、、。
200nmほど、それも1週間の小航海でも船旅はいいものだ。

2024年5月6日月曜日

高松エピソード

ルナ号は先日の雹の被害を受けていた。
マストトップの風見(商標ウインデックス)が雹の直撃を受けて破損、またデジタルの風速計風向計も作動しなくなった。
そこで#1legの高松迄の航行中はポートサイドのサイドステイに風見としてトイレットペーパーを適当な幅に手で割いてビニテープで貼り付けた。ポートを選んだ理由、、それなりにある。

このような緊急対応はどちらかと云うと愚生の得意分野、このルナ号でも何度かやった。

クルーの仕事、高松ヨットハーバーでマストトップに上がり状況確認をする。
デジタルの風速計風向計のアームストッパー螺子を外してソーラパネルをみると、2個のうち1個が雹の直撃で破損、内部の基盤本体にまでダメージが及んでいるようだ。

この日のマストトップはクルーのonly place。






2024年5月5日日曜日

端午の節句

風呂に菖蒲が浮いていた。
提督曰く、長い年月のなかで昨年のみスキップしたとか。
ちびギャンたちは端午の節句を楽しんでいるだろう。粽と柏餅、これも長いこと同じ和菓子店のをいただくのが慣わしとなっている。
予定より早めにクルージングを終わらせたので、今日はアッシー。
小樽ゴールの北前船を辿るミドルクルージングの最中にメールで、ちびギャンの菖蒲風呂写真を送って貰ったことを思い出す。本好きの彼は昨年あたりから大人の推理小説を読み始めているらしい。提督は同じ年頃にはクリスティーを読んでいたとか、、。

2024年5月4日土曜日

帰港#8

天候変化予報もあり帰港を決めた。
ETD930  33nm  静波  NE 3m ETA1525 max6.7kn  時代もの灯台をあとに牛窓出港。

今朝もお粥、高菜漬け、味付け海苔、ビーフジャーキーを入れて楽しむ。評判すこぶるいい。
ルナ艇長は係留場のキャンセル手続きをして、その後、地元の蒲鉾屋さんでいろいろと購入、冷蔵庫に保管、昨日買ったエビ味噌を忘れないように同梱する。
お昼ご飯はそれぞれ、愚生はカップそばをコンビニで買ったのを頂く、そこにも高菜を加える、このひと工夫で一味変化、申すまでもなく美味くなる。

海面はとても静かで視界もいいから食事の後は、バウに座り込んで、斎藤和義さんの「ずっと好きだった」とか大瀧詠一さんの「夢で逢えたら」など好きな曲を楽しむ、、。

8日間の非日常、無事に終えた。





2024年5月3日金曜日

牛窓#7

次のレグを白石島、児島2箇所のいずれかを予定していた、児島がダメなので、牛窓に変更、そのため、4時30分起床となる。
尾道水道の朝は天気も良くていい。0522ETD、57nm、1530ETA.
牛窓の上陸すると周辺には何もない、、地元の方々に聞き込みをすると、海賊という食事処があり、そこのエビめしが上手いとの評判でいってみる。早めの夕食を摂ったあと、天満屋グループ運営のリゾートホテルリマーニのロビーで休憩をする。ギリシャ料理レストランで夕食メニューを尋ねてみるとコースのみで22,000円であると。
で、明日はどうするか、ということになる。
ルナ艇長は、風呂はもとよりシャワーもないので、ルナ艇長曰く、明日帰港するかと。
よって一日早く戻ることにした。
キャビンで雑談していると、いきなり大きな音がする。
なんと花火が目の前であがっている、どうもホテル客ようの花火、そこよりも特等席で観ることができた。




2024年5月2日木曜日

尾道ジャランじゃらん#6

尾道のジャランを、ジャランジャラン。
おのみち歴史博物館を訪ねる。そこのボランティアガイドさんの説明から、尾道を深く知ることができたことと、前職をうかがい驚いた。多分、山彦Mさんはご存知なんではないだろうかと思った。
そのあと、ロープウエイに乗り込んで千光寺山頂へ向かう。
そこから尾道水道と瀬戸内海の景色を眺めながら、やはり高みからではないと地形の美しさはわからないなと感じた次第、コックピット、つまり海面3mほどの高さからみる景色には限界がある。
山頂の茶店でお土産にと思って買った型崩れのレモン1個100円を将棋台に忘れたのがなんとも残念、、。

尾道での食事は、到着日は尾道ラーメン、翌昼は尾道お好み焼き、夜はあなごのしゃぶしゃぶをいただくことに相成る。
あなごのお店は、おのみち海の駅に到着後、その場で偶然に隣合わせた小型船舶免許を教える若い先生に教えて貰ったところ。この人、海の駅の人と勘違いして、舫を取って貰ったりした、、。その時はお店の予約は取れなかった。
で、たまたま山から降りひとっ風呂浴び、艇に戻る途中に、準備中の看板があったので、のぞいて、先生の紹介と話と、なんとかやりくりしてくれた。
あなごのしゃぶしゃぶとその後の所謂〆の雑炊、、なんとも言いようがない。
それとポン酢が美味いので、売ってるところを尋ねると、店にあるのを分けてくれた。

カウンターテーブルには瀬田の型崩れレモンが山のように積んであったのを見て、将棋台のレモンを思い出す。







2024年5月1日水曜日

尾道#5

天空から涙、、それもとめどなく。
辛抱たまらず出港、yuge ETD1105  onomichi ETA1325  12nm.
往路ゴール到着のしるしとしてボウモアで乾杯する

15時前に尾道ラーメンで遅めの昼食を摂る。
そのあと、夜の食事段取りをする。たまたま泊地で小型船舶免許の教官と知り合い、その方に食事処の紹介を受けて予約をすると、なんと満席、、。
そこから慌ててアチラコチラと電話した結果、泊地近くの「かき左右衛門」というお店に予約できる。

そこで広島の日本酒を賀茂鶴、千福などをいただく。賀茂鶴はオバマ元大統領が飲まれたゴールドと云う銘柄をルナ艇長とでシェア、あとで気づいたのだが、なんと桜の花びらの金箔は盃に浮かんでいる。
店主に勧められて、市役所屋上から尾道水道の夜景を観る。美しい、、